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		<title>自然エネルギー、本気出そうよぉ。</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Apr 2012 20:01:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[エコロジー]]></category>
		<category><![CDATA[メガソーラー]]></category>
		<category><![CDATA[再生可能エネルギー]]></category>

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		<description><![CDATA[いろいろあって、テレビのニュースすらまともに見られない日々の真っ最中。ツイッターで、スウェーデンに行っちゃった友人が「太陽光発電」について珍しく連投してるので何ごとかと思ったら、ソフトバンクが北海道苫小牧でのメガソーラー建設を発表したようだ。
北海道も太平洋側は雪少ないし、晴天の日も多いはず。実際、どうなんだろうと思って、気象庁のサイトを掘ってみた。

あらら。苫小牧あたり、ま、悪くはなさそうだけど、微妙だね。
際だって日照率がよさそうなのは……
同じ北海道でも、もうちょっと東の十勝あたり。
事故が気になる福島第一原発あたり。
個人的に大好きな八ヶ岳南麓あたり。
地震たっぷりな感じの浜岡原発あたりや浜名湖あたり。
そろそろ花がきれいだろうなって伊良湖岬あたり。
イルカが気になる太地町あたり。
行くと日本酒が飲みたくなる高知の太平洋岸あたり。
知事が替わってすっかり話題にならなくなった宮崎あたり。
って感じでしょうか。
ソフトバンクが選んだ苫小牧の「苫東地区」ってのは「日本最大級の工業地域」らしい。
企業としては、そういう場所を選ぶよな。
原発開発には国を挙げて地元住民丸め込んで突き進んできたはずなのに、太陽光発電は企業任せ？ ってことか。苫東地区は北海道開発庁（今は省庁再編で国土交通省の局）も絡んでるようだけど、工業団地のテナント探しのついでに自然エネルギー開発を絡めてもねぇ。
よく、太陽光発電で原発1基分の電気を作るには面積が、とか言われるけどさ。どうせ原発作ったら周囲数キロはまともに人が住めなくなる。浜岡あたりは思い切って太陽光にシフトしちゃったほうが、地域振興とか観光的にもメリットでかいでしょうに。
稼働できない原発を眺めてるより国策としても健全だし。どうせ浪費されてしまう原発マネーは、そのまま太陽光の郷になった地元に落としてあげればいいじゃん、って思う。
なんで、国は自然エネルギーに本気を出さないんだろう。
不思議だぁ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いろいろあって、テレビのニュースすらまともに見られない日々の真っ最中。ツイッターで、スウェーデンに行っちゃった友人が「太陽光発電」について珍しく連投してるので何ごとかと思ったら、ソフトバンクが北海道苫小牧でのメガソーラー建設を発表したようだ。</p>
<p>北海道も太平洋側は雪少ないし、晴天の日も多いはず。実際、どうなんだろうと思って、気象庁のサイトを掘ってみた。<span id="more-1266"></span></p>
<p><a href="http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/normal_bunpu/drawMap2.php?elm_no=3500&amp;mm=1&amp;tki=13"><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/04/040401.jpg" alt="" title="040401" width="590" height="472" class="alignnone size-full wp-image-1267" /></a></p>
<p>あらら。苫小牧あたり、ま、悪くはなさそうだけど、微妙だね。</p>
<p>際だって日照率がよさそうなのは……<br />
同じ北海道でも、もうちょっと東の十勝あたり。<br />
事故が気になる福島第一原発あたり。<br />
個人的に大好きな八ヶ岳南麓あたり。<br />
地震たっぷりな感じの浜岡原発あたりや浜名湖あたり。<br />
そろそろ花がきれいだろうなって伊良湖岬あたり。<br />
イルカが気になる太地町あたり。<br />
行くと日本酒が飲みたくなる高知の太平洋岸あたり。<br />
知事が替わってすっかり話題にならなくなった宮崎あたり。</p>
<p>って感じでしょうか。</p>
<p>ソフトバンクが選んだ苫小牧の「苫東地区」ってのは「日本最大級の工業地域」らしい。<br />
企業としては、そういう場所を選ぶよな。</p>
<p>原発開発には国を挙げて地元住民丸め込んで突き進んできたはずなのに、太陽光発電は企業任せ？ ってことか。苫東地区は北海道開発庁（今は省庁再編で国土交通省の局）も絡んでるようだけど、工業団地のテナント探しのついでに自然エネルギー開発を絡めてもねぇ。</p>
<p>よく、太陽光発電で原発1基分の電気を作るには面積が、とか言われるけどさ。どうせ原発作ったら周囲数キロはまともに人が住めなくなる。浜岡あたりは思い切って太陽光にシフトしちゃったほうが、地域振興とか観光的にもメリットでかいでしょうに。</p>
<p>稼働できない原発を眺めてるより国策としても健全だし。どうせ浪費されてしまう原発マネーは、そのまま太陽光の郷になった地元に落としてあげればいいじゃん、って思う。</p>
<p>なんで、国は自然エネルギーに本気を出さないんだろう。</p>
<p>不思議だぁ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>人生の巡り合わせ</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 07:48:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[たわごと]]></category>

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		<description><![CDATA[親父の死、をテーマに連続記事を書いてる途中で、とっても非常事態な仕事が舞い込んでてんてこまいになってしまった。
おかげで3月18日以来ブログも更新できないままでいた。書きかけの辛気くさいレポートがトップのままじゃ、切ないよね。
ま、今までだってブログは数カ月とか数年おきに、思い出したように更新してただけだったし、こんなもんかな、という思いもあるけど、せっかくワードプレスに置き換えてブログをちゃんと書くぞ！ と決意したんだもの。
書けないよぉという悲鳴を書いておこうと思う。www
悲鳴だけでも悲しいので、写真素材サイトで見つけた桜吹雪の写真を貼っておきます。

もうすぐ、春ですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>親父の死、をテーマに連続記事を書いてる途中で、とっても非常事態な仕事が舞い込んでてんてこまいになってしまった。</p>
<p>おかげで3月18日以来ブログも更新できないままでいた。書きかけの辛気くさいレポートがトップのままじゃ、切ないよね。<span id="more-1261"></span></p>
<p>ま、今までだってブログは数カ月とか数年おきに、思い出したように更新してただけだったし、こんなもんかな、という思いもあるけど、せっかくワードプレスに置き換えてブログをちゃんと書くぞ！ と決意したんだもの。</p>
<p>書けないよぉという悲鳴を書いておこうと思う。www</p>
<p>悲鳴だけでも悲しいので、写真素材サイトで見つけた桜吹雪の写真を貼っておきます。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/sakura.jpg" alt="" title="sakura" width="450" height="300" class="alignnone size-full wp-image-1262" /></p>
<p>もうすぐ、春ですね。</p>
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		<title>親父の死。その5</title>
		<link>http://www.s-fac.co.jp/new/?p=1250</link>
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		<pubDate>Sun, 18 Mar 2012 08:49:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[夜8時を過ぎ、面会時間が終わった。もう、見舞客が来ることもないだろう。
母親や弟は、昨夜親父が倒れてから病院に付きっきりだったから、一度家に帰って休むように促した。
弟は結婚した女房側の実家に住んでいる。
母親を一人にするのは不安だったが、母の姉である叔母さんがしばらくうちの実家に泊まって母と一緒に過ごしてくれることになった。母と叔母は、実家のすぐ近くに住んでいる従兄弟が車で送ってくれた。
僕も一度実家に行ってシャワーだけでも浴びようかと思ったが「数時間ほど病院から身内がみんないなくなってもいいか？」と看護士さんに確認すると、いつ容態が変わるかも知れないので、誰か残っておいてくれと言われた。
この週末は髪を切りに行くつもりだった。ヒゲの手入れも数日間していなかった。トイレの鏡に映る自分の姿は、我ながら、いささか冴えない男になっている。1年ほど前からヒゲを伸ばし始めたのだが、あまり評判はよろしくない。この日も、母親は僕の顔を見るなり「ヒゲ剃ったろうか？」と言って、待合室で話をしているあいだにも「ヒゲを剃れ」「ヒゲを剃れ」と何度も繰り返していた。
認知症という病には、余計な記憶や思惑を消去して、思ったことをストレートに口にするようになる効果があるようだ。

病棟の待合室で1人になった僕は、1階のコンビニに行って、カップ麺とメロンパン、飲み物を買ってきた。これから数日間に起こるであろういろんな出来事をメモしておくために、小さな手帳とボールペンも一緒に買った。
僕は仕事で取材の旅をすることが多い。いつもは、仕事用のバッグを一緒に持ち歩くから、着替えを入れるボストンバッグには筆記具などは入れていなかった。
出がけにバッグに突っ込んできた、まだ読んでいないコミックモーニングを読もうと思ったが、なんだか集中できなくて漫画のストーリーが頭に入ってこない。いっそ、親父のそばで読むほうがいいかと思い、病室のパイプ椅子に移動してみた。
でも、明らかの普通とは違う親父の呼吸の音が気になって、ますます集中なんてできなかった。
漫画を読むことは諦めて、煙草を吸うために病院の外に出る。この病院内に喫煙所はないばかりか、敷地内禁煙となっていた。暗い駐車場を横切って、傍らの路上で煙草に火をつける。
少しだけ文字のライトが欠けた病院の建物を見上げていると、親父の容体はともあれ、母親の今後が無性に気になってきた。
肝臓からの出血についての知識と同じように、認知症の独居高齢者への対応についても、僕は今までまるで無関心なまま、ほとんど知識は持ち合わせていない。
幼稚園から高校まで同じ学校に通った幼なじみの友人が、郷里で特養の施設長をやっている。携帯で電話して親父と母親の状況を簡単に説明する。僕にとっては危機的な状況だけど、高齢者福祉の現場でケーススタディを積み重ねてきた友人にとっては、きっとよくある話なのだろう。友人は僕がこれからやるべきことについて的確なアドバイスをしてくれて、数日後に一度会って相談しようと言ってくれた。
信頼できる友人の存在はこんなにも心強いということが、夜空を見上げる心に染みた。
（続く）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>夜8時を過ぎ、面会時間が終わった。もう、見舞客が来ることもないだろう。</p>
<p>母親や弟は、昨夜親父が倒れてから病院に付きっきりだったから、一度家に帰って休むように促した。</p>
<p>弟は結婚した女房側の実家に住んでいる。</p>
<p>母親を一人にするのは不安だったが、母の姉である叔母さんがしばらくうちの実家に泊まって母と一緒に過ごしてくれることになった。母と叔母は、実家のすぐ近くに住んでいる従兄弟が車で送ってくれた。<span id="more-1250"></span></p>
<p>僕も一度実家に行ってシャワーだけでも浴びようかと思ったが「数時間ほど病院から身内がみんないなくなってもいいか？」と看護士さんに確認すると、いつ容態が変わるかも知れないので、誰か残っておいてくれと言われた。</p>
<p>この週末は髪を切りに行くつもりだった。ヒゲの手入れも数日間していなかった。トイレの鏡に映る自分の姿は、我ながら、いささか冴えない男になっている。1年ほど前からヒゲを伸ばし始めたのだが、あまり評判はよろしくない。この日も、母親は僕の顔を見るなり「ヒゲ剃ったろうか？」と言って、待合室で話をしているあいだにも「ヒゲを剃れ」「ヒゲを剃れ」と何度も繰り返していた。</p>
<p>認知症という病には、余計な記憶や思惑を消去して、思ったことをストレートに口にするようになる効果があるようだ。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/MELONPAN.jpg" alt="" title="MELONPAN" width="261" height="190" class="alignnone size-full wp-image-1254" /></p>
<p>病棟の待合室で1人になった僕は、1階のコンビニに行って、カップ麺とメロンパン、飲み物を買ってきた。これから数日間に起こるであろういろんな出来事をメモしておくために、小さな手帳とボールペンも一緒に買った。</p>
<p>僕は仕事で取材の旅をすることが多い。いつもは、仕事用のバッグを一緒に持ち歩くから、着替えを入れるボストンバッグには筆記具などは入れていなかった。</p>
<p>出がけにバッグに突っ込んできた、まだ読んでいないコミックモーニングを読もうと思ったが、なんだか集中できなくて漫画のストーリーが頭に入ってこない。いっそ、親父のそばで読むほうがいいかと思い、病室のパイプ椅子に移動してみた。</p>
<p>でも、明らかの普通とは違う親父の呼吸の音が気になって、ますます集中なんてできなかった。</p>
<p>漫画を読むことは諦めて、煙草を吸うために病院の外に出る。この病院内に喫煙所はないばかりか、敷地内禁煙となっていた。暗い駐車場を横切って、傍らの路上で煙草に火をつける。</p>
<p>少しだけ文字のライトが欠けた病院の建物を見上げていると、親父の容体はともあれ、母親の今後が無性に気になってきた。</p>
<p>肝臓からの出血についての知識と同じように、認知症の独居高齢者への対応についても、僕は今までまるで無関心なまま、ほとんど知識は持ち合わせていない。</p>
<p>幼稚園から高校まで同じ学校に通った幼なじみの友人が、郷里で特養の施設長をやっている。携帯で電話して親父と母親の状況を簡単に説明する。僕にとっては危機的な状況だけど、高齢者福祉の現場でケーススタディを積み重ねてきた友人にとっては、きっとよくある話なのだろう。友人は僕がこれからやるべきことについて的確なアドバイスをしてくれて、数日後に一度会って相談しようと言ってくれた。</p>
<p>信頼できる友人の存在はこんなにも心強いということが、夜空を見上げる心に染みた。</p>
<p>（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>親父の死。その4</title>
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		<pubDate>Sat, 17 Mar 2012 19:58:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
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		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[集中治療室のような病室は狭い。ひとしきり親父を励まして、テーブルやソファが置かれた待合室で弟からもう少し詳しい話を聞くことにした。医師から病状の説明を聞きたかったが、この日は土曜日で宿直明けの担当医はすでに帰宅した後だった。
弟の説明は、電話で聞いた話と、病室で見た親父の状態から理解できる範囲のものだった。
ただ「すぐにでも危ない」という部分だけが、どうしても信じることができなかった。親父の腹の中が絶望的な状況であることは間違いないんだろうけど、まだちゃんと会話ができて、病に倒れた自分を悔しがっている。
おそらく、このまま数週間くらいは病気と闘うことになるんだろう。
今にして思うと、これもまた親不孝な長男の身びいきだった。でも、そう思うことしかできなかった。
●
その日は夕方まで親戚や近所の人が見舞いに来てくれた。
東京に戻る最終の列車は午後4時過ぎだったので、ひとまず、妻は東京へ帰ることにした。翌日から、息子が自転車部の合宿で沖縄へ行くことになっていた。自宅に誰もいなくなってしまうと、食い意地の張ったビーグルが大騒ぎする。

見舞いの人が病室を訪れるごとに、親父はだんだん話すのが億劫になってきたように感じられた。呼吸する時には顎を上げ、唸りながら息を吸う。低く雲がたれ込めていた空が暗くなり、見舞いの訪れた母の実家方の親戚を見送った後、「じゃあ、しばらく寝なよ」と声を掛けて待合室に戻った。
数年前から認知症気味だった母は、親父が陥った状況をうまく理解できていないようだった。
病室ではものものしい機械を見ながら「こんなごっついもん付けられて苦しそうや」とか「まあ、すぐに帰れるで」とか独り言のように呟いていたかと思うと、ベッドを覗き込んで「これは誰？」なんて言ったりする。
病棟のトイレは赤外線に手を翳して開閉する自動ドアになっていて、中に入るとドアが閉まってロックがかかる。出るときはドアの横の壁に描かれた手のひらマークに手を翳すのだが、それがわからずトイレに閉じこめられたりもしたらしい。
母親の様子がおかしいことに気付いたのは3年ほど前だっただろうか。ここ数年は正月に帰省しても、食事の準備は親父がしているようだった。
でも、親父がいるから大丈夫だろうと思い込み、母親を病院へ連れて行くことをすすめるでもなく、帰省の頻度を増やすでもなく、ただ、漫然と時間を重ねてきてしまっていた。
さっきまで待合室の椅子に座っていたはずの母親がふらふらとナースセンターに入り込み、「ここにはいつまでおらなあかんの」などと看護士に話しかけ、「あらあら、ここには入ったらあきませんよ」と、ボケ老人をたしなめる口調で叱られている。
（続く）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>集中治療室のような病室は狭い。ひとしきり親父を励まして、テーブルやソファが置かれた待合室で弟からもう少し詳しい話を聞くことにした。医師から病状の説明を聞きたかったが、この日は土曜日で宿直明けの担当医はすでに帰宅した後だった。</p>
<p>弟の説明は、電話で聞いた話と、病室で見た親父の状態から理解できる範囲のものだった。</p>
<p>ただ「すぐにでも危ない」という部分だけが、どうしても信じることができなかった。<span id="more-1244"></span>親父の腹の中が絶望的な状況であることは間違いないんだろうけど、まだちゃんと会話ができて、病に倒れた自分を悔しがっている。</p>
<p>おそらく、このまま数週間くらいは病気と闘うことになるんだろう。</p>
<p>今にして思うと、これもまた親不孝な長男の身びいきだった。でも、そう思うことしかできなかった。</p>
<p>●</p>
<p>その日は夕方まで親戚や近所の人が見舞いに来てくれた。</p>
<p>東京に戻る最終の列車は午後4時過ぎだったので、ひとまず、妻は東京へ帰ることにした。翌日から、息子が自転車部の合宿で沖縄へ行くことになっていた。自宅に誰もいなくなってしまうと、食い意地の張ったビーグルが大騒ぎする。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/atras1.jpg" alt="" title="atras1" width="400" height="312" class="alignnone size-full wp-image-1245" /></p>
<p>見舞いの人が病室を訪れるごとに、親父はだんだん話すのが億劫になってきたように感じられた。呼吸する時には顎を上げ、唸りながら息を吸う。低く雲がたれ込めていた空が暗くなり、見舞いの訪れた母の実家方の親戚を見送った後、「じゃあ、しばらく寝なよ」と声を掛けて待合室に戻った。</p>
<p>数年前から認知症気味だった母は、親父が陥った状況をうまく理解できていないようだった。</p>
<p>病室ではものものしい機械を見ながら「こんなごっついもん付けられて苦しそうや」とか「まあ、すぐに帰れるで」とか独り言のように呟いていたかと思うと、ベッドを覗き込んで「これは誰？」なんて言ったりする。</p>
<p>病棟のトイレは赤外線に手を翳して開閉する自動ドアになっていて、中に入るとドアが閉まってロックがかかる。出るときはドアの横の壁に描かれた手のひらマークに手を翳すのだが、それがわからずトイレに閉じこめられたりもしたらしい。</p>
<p>母親の様子がおかしいことに気付いたのは3年ほど前だっただろうか。ここ数年は正月に帰省しても、食事の準備は親父がしているようだった。</p>
<p>でも、親父がいるから大丈夫だろうと思い込み、母親を病院へ連れて行くことをすすめるでもなく、帰省の頻度を増やすでもなく、ただ、漫然と時間を重ねてきてしまっていた。</p>
<p>さっきまで待合室の椅子に座っていたはずの母親がふらふらとナースセンターに入り込み、「ここにはいつまでおらなあかんの」などと看護士に話しかけ、「あらあら、ここには入ったらあきませんよ」と、ボケ老人をたしなめる口調で叱られている。</p>
<p>（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>親父の死。その3</title>
		<link>http://www.s-fac.co.jp/new/?p=1236</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 23:30:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[八鹿駅から親父が入院した八鹿病院までは1キロちょっと。駅には弟が車で迎えに来てくれた。昨夜はほとんど寝ていないんだろう。弟の顔はやつれて見えた。いや、閑散とした駅前の風景もやけに色褪せて見えたから、弟の顔が、というよりは、僕の視界そのものが少しやつれていたのかも知れない。
八鹿病院は、僕の記憶にある白っぽい古ぼけた病院ではなく、真新しい立派な建物になっていた。

弟の先導で病棟へのエレベーターに乗る。親父は普通の病室ではなく、ナースセンターの中にある集中治療室のような部屋に入っていた。ベッドの横には人工透析機（おそらく）などが置かれ、ものものしい雰囲気だ。狭い病室の、ベッドと壁の隙間に身体を入れて、親父の顔をのぞき込む。
親父が、小さな声で「おぉ」と言ったように聞こえた。
「大丈夫」
僕は、語尾を上げずに言葉を掛けた。
こんな状態で大丈夫なはずはない。質問ではなく、励ましの言葉にしたつもりだった。
「あかん」
意外にしっかりした声で親父が答えた。
僕は次の言葉に詰まる。
「救急車で運ばれたんやって？」と僕は言った。
口では「あかん」と言ったけど、しっかり意識があって会話できる様子を見て、僕は「親父はまだまだ大丈夫」と思いこもうとしていたのだろう。
心のどこかで、まだ意識があるうちに「ありがとう」という言葉を伝えなければと焦っていたが、そんな、別れみたいな言葉を投げかけることがためらわれた。
親父は、自分が倒れてから近所の診療所の医者に来てもらい、そのお医者さんが救急車を呼んでくれて八鹿病院に担ぎ込まれたいきさつを話してくれた。
「昨夜から寝てへんのやろ。少し眠ったほうがええで」
僕がそう言うと、親父は軽くうなずいたように見えた。
右手には点滴の針が刺さっている。親父は顔を覆うようにして左腕を額に当てながら「なさけねぇなあ」と呟いた。
絞り出すような声だった。
（続く）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>八鹿駅から親父が入院した八鹿病院までは1キロちょっと。駅には弟が車で迎えに来てくれた。昨夜はほとんど寝ていないんだろう。弟の顔はやつれて見えた。いや、閑散とした駅前の風景もやけに色褪せて見えたから、弟の顔が、というよりは、僕の視界そのものが少しやつれていたのかも知れない。</p>
<p>八鹿病院は、僕の記憶にある白っぽい古ぼけた病院ではなく、真新しい立派な建物になっていた。<span id="more-1236"></span></p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/youka.jpg" alt="" title="youka" width="300" height="210" class="alignnone size-full wp-image-1237" /></p>
<p>弟の先導で病棟へのエレベーターに乗る。親父は普通の病室ではなく、ナースセンターの中にある集中治療室のような部屋に入っていた。ベッドの横には人工透析機（おそらく）などが置かれ、ものものしい雰囲気だ。狭い病室の、ベッドと壁の隙間に身体を入れて、親父の顔をのぞき込む。</p>
<p>親父が、小さな声で「おぉ」と言ったように聞こえた。</p>
<p>「大丈夫」</p>
<p>僕は、語尾を上げずに言葉を掛けた。<br />
こんな状態で大丈夫なはずはない。質問ではなく、励ましの言葉にしたつもりだった。</p>
<p>「あかん」</p>
<p>意外にしっかりした声で親父が答えた。</p>
<p>僕は次の言葉に詰まる。</p>
<p>「救急車で運ばれたんやって？」と僕は言った。</p>
<p>口では「あかん」と言ったけど、しっかり意識があって会話できる様子を見て、僕は「親父はまだまだ大丈夫」と思いこもうとしていたのだろう。<br />
心のどこかで、まだ意識があるうちに「ありがとう」という言葉を伝えなければと焦っていたが、そんな、別れみたいな言葉を投げかけることがためらわれた。</p>
<p>親父は、自分が倒れてから近所の診療所の医者に来てもらい、そのお医者さんが救急車を呼んでくれて八鹿病院に担ぎ込まれたいきさつを話してくれた。</p>
<p>「昨夜から寝てへんのやろ。少し眠ったほうがええで」</p>
<p>僕がそう言うと、親父は軽くうなずいたように見えた。</p>
<p>右手には点滴の針が刺さっている。親父は顔を覆うようにして左腕を額に当てながら「なさけねぇなあ」と呟いた。</p>
<p>絞り出すような声だった。</p>
<p>（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>親父の死。その2</title>
		<link>http://www.s-fac.co.jp/new/?p=1231</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 11:48:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[弟からの電話を切った僕は、できるだけゆっくりと椅子から立ち上がり、仕事場から寝室への階段を昇った。あわてるな、あわてるな、と自分に言い聞かせながら寝室のドアを開け、クローゼットで着替えを物色する。
どんなにあわててみたところで、東京から兵庫の実家までの距離は縮まらないし、新幹線は通常通りの速度で走る。
がさごそと着替えをしながら、寝ていた妻に声を掛けた。
「どうしたの？」
「親父が、倒れた。行くぞ」
駆けつける用意をしながら「喪服はどうしよう」という思いがよぎったが、親父はまだ「倒れた」だけだ。縁起でもないと思い直して、二泊分の下着と靴下をバックに詰めた。
3月3日は土曜日で、それほど急ぎの仕事は抱えていなかった。もし、この前週だったとしたら、日曜日に本番を控えたイベントの構成台本を書く仕事をしていたので、とてもじゃないがすぐに駆けつけることはできなかっただろう。
妻が準備を終えるのを待ち、世田谷線と山手線を乗り継いで品川駅へ着いたのが6時半過ぎ。実家の最寄り駅である八鹿駅への乗り継ぎで最も早く着けるように指定して切符を買うと、7時過ぎののぞみで新大阪乗り換えの便だった。
新幹線で郷里へ向かいつつ、それでも僕はまだ「親父が死ぬかも知れない」という現実を受け入れられないでいた。妻が「また、話を盛ってるんじゃないの？」と聞いてくる。たしかに、弟の電話は突然すぎてどんなふうに「危ない」のかあまり具体的なことは聞けていない。肝臓に癌があり、腫瘍が破裂して腹の中で大量出血しているらしいという状況が、はたしてどのくらい命の危険があるものなのか、判断できる知識はない。
親父は3日の未明、午前1時ごろ、トイレに行こうとして倒れたらしい。救急車で病院に担ぎ込まれたらしいから、自分で救急車を呼ぶくらいの余力はあったということなのだろうか。
何にせよ、親父が入院するなんていうことは僕の記憶では一度もない。
顔を見せて元気づければ、案外、あっさりと回復へ向かうんじゃないだろうかと思いたかった。

新大阪駅で在来線の特急列車に乗り継いだ。数年前に大事故のあった福知山線を北上する。
意外と回復へ向かうのでは、という微かな願望が親不孝な息子の身びいきだと思い知らされたのは、列車がまだ福知山駅を過ぎる前だった。
再び弟から電話があり、病院の看護士さんが確認したいことがあるという。弟が看護士さんと電話をかわる。
予断を許さない状況なので、万一の場合の処置について確認したい。もし、心臓が止まったら心臓マッサージなどの蘇生措置を施すか。呼吸が止まったら、気管を切開して人工呼吸器を装着するなどの措置を施すか。ただし、延命措置を施したとしても、肝臓は癌などの影響でほとんど機能しておらず、腎臓もほとんど働いていなくて透析を続けている状況なので、それほどの回復は望めないだろうということだった。
僕が信じようと信じまいと、親父は今、現実に死の淵を彷徨っている。
何よりも致命的なのは、やはり肝臓からの大量出血らしかった。止血処置を施し、輸血を続け、昇圧剤を使っても、「なかなか血圧が上がってこない」「お兄さん（僕のこと）が到着するまでに呼吸が止まらないとは言い切れません」と、看護士さんは絶望的な口調で教えてくれた。
喉を切られ、人工呼吸器を差し込まれて、僕が到着するまで生き延びることを親父は望むだろうか。
列車のデッキで携帯電話を片手に下す判断としてはいささかヘヴィーだった。
弟に電話をかわってもらい「心臓マッサージやAEDはともかく、気管切開などの処置はしなくていいだろう。オレがもし間に合わなくてもしょうがない」と、僕は自分の気持ちを伝えた。
（続く）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>弟からの電話を切った僕は、できるだけゆっくりと椅子から立ち上がり、仕事場から寝室への階段を昇った。あわてるな、あわてるな、と自分に言い聞かせながら寝室のドアを開け、クローゼットで着替えを物色する。</p>
<p>どんなにあわててみたところで、東京から兵庫の実家までの距離は縮まらないし、新幹線は通常通りの速度で走る。</p>
<p>がさごそと着替えをしながら、寝ていた妻に声を掛けた。</p>
<p>「どうしたの？」</p>
<p>「親父が、倒れた。行くぞ」<span id="more-1231"></span></p>
<p>駆けつける用意をしながら「喪服はどうしよう」という思いがよぎったが、親父はまだ「倒れた」だけだ。縁起でもないと思い直して、二泊分の下着と靴下をバックに詰めた。</p>
<p>3月3日は土曜日で、それほど急ぎの仕事は抱えていなかった。もし、この前週だったとしたら、日曜日に本番を控えたイベントの構成台本を書く仕事をしていたので、とてもじゃないがすぐに駆けつけることはできなかっただろう。</p>
<p>妻が準備を終えるのを待ち、世田谷線と山手線を乗り継いで品川駅へ着いたのが6時半過ぎ。実家の最寄り駅である八鹿駅への乗り継ぎで最も早く着けるように指定して切符を買うと、7時過ぎののぞみで新大阪乗り換えの便だった。</p>
<p>新幹線で郷里へ向かいつつ、それでも僕はまだ「親父が死ぬかも知れない」という現実を受け入れられないでいた。妻が「また、話を盛ってるんじゃないの？」と聞いてくる。たしかに、弟の電話は突然すぎてどんなふうに「危ない」のかあまり具体的なことは聞けていない。肝臓に癌があり、腫瘍が破裂して腹の中で大量出血しているらしいという状況が、はたしてどのくらい命の危険があるものなのか、判断できる知識はない。</p>
<p>親父は3日の未明、午前1時ごろ、トイレに行こうとして倒れたらしい。救急車で病院に担ぎ込まれたらしいから、自分で救急車を呼ぶくらいの余力はあったということなのだろうか。</p>
<p>何にせよ、親父が入院するなんていうことは僕の記憶では一度もない。</p>
<p>顔を見せて元気づければ、案外、あっさりと回復へ向かうんじゃないだろうかと思いたかった。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/NOZOMI.jpg" alt="" title="NOZOMI" width="400" height="267" class="alignnone size-full wp-image-1232" /></p>
<p>新大阪駅で在来線の特急列車に乗り継いだ。数年前に大事故のあった福知山線を北上する。</p>
<p>意外と回復へ向かうのでは、という微かな願望が親不孝な息子の身びいきだと思い知らされたのは、列車がまだ福知山駅を過ぎる前だった。</p>
<p>再び弟から電話があり、病院の看護士さんが確認したいことがあるという。弟が看護士さんと電話をかわる。</p>
<p>予断を許さない状況なので、万一の場合の処置について確認したい。もし、心臓が止まったら心臓マッサージなどの蘇生措置を施すか。呼吸が止まったら、気管を切開して人工呼吸器を装着するなどの措置を施すか。ただし、延命措置を施したとしても、肝臓は癌などの影響でほとんど機能しておらず、腎臓もほとんど働いていなくて透析を続けている状況なので、それほどの回復は望めないだろうということだった。</p>
<p>僕が信じようと信じまいと、親父は今、現実に死の淵を彷徨っている。</p>
<p>何よりも致命的なのは、やはり肝臓からの大量出血らしかった。止血処置を施し、輸血を続け、昇圧剤を使っても、「なかなか血圧が上がってこない」「お兄さん（僕のこと）が到着するまでに呼吸が止まらないとは言い切れません」と、看護士さんは絶望的な口調で教えてくれた。</p>
<p>喉を切られ、人工呼吸器を差し込まれて、僕が到着するまで生き延びることを親父は望むだろうか。</p>
<p>列車のデッキで携帯電話を片手に下す判断としてはいささかヘヴィーだった。</p>
<p>弟に電話をかわってもらい「心臓マッサージやAEDはともかく、気管切開などの処置はしなくていいだろう。オレがもし間に合わなくてもしょうがない」と、僕は自分の気持ちを伝えた。</p>
<p>（続く）</p>
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		<title>親父の死。その1</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 03:56:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[3月4日2時29分。親父が逝った。

病院の窓から見たその日の故郷の空。。。
まがりなりにも会社の名を冠したブログに記するにはプライベートなことだけど、自分が今の気持ちを忘れないようにするために、少し、思いを綴っておきたい。
●
郷里で郵便配達員をしている弟から電話があったのは、3月3日の午前5時20分過ぎのことだった。
親父が倒れて救急車で病院に運ばれた。危ない状態なので家族を呼んだほうがいいと言われたという。
弟からの電話があったとき、僕は仕事場で煙草を吸いながら、地酒についてネットで調べ物をしていた。弟とは普段あまり連絡をとっていないので、そんな時間、携帯の着信画面に弟の名前が表示されているのを見ただけで嫌な予感はした。数年前から母親が少し認知症気味だったので「母親に何かあったのか」と思いながら、着信音が鳴ってすぐに電話を取った。親父が危篤という報せは、まったく予想外だった。
親父の両親、祖父と祖母の享年はともに89歳だった。なんとはなしに、親父も90歳くらいまでは生きているのが当然だと思いこんでいた。
親父は七人姉弟の長男だったけど、実家を出て理容師の修業をして、自分の店を立ち上げた。今年で77歳になっても現役で、正月に帰省した時にも「歳を取ってお客さんの数も減ったけど、ぼちぼちやってる」という話をしたばかりだ。
最近はカラオケに興じていて、演歌歌手を招いたイベントで賞を取ったことや、市民ホールで開かれたカラオケ大会のステージ写真を見せられながらちょっとした自慢話にも付き合った。
親父は、若い頃からいろんな趣味を愉しんでいた。僕が小学校の頃には詩吟を習っていて、風呂場で何度も聞かされるので、小学生の僕も乃木希典の「山川草木轉荒涼」をそらんじることができるほどだった。
鮎釣り、スキー、水墨画、絵画、書道、、、。
十年ほど前、久しぶりに帰省すると家の前の駐車場に、親父が自分でデザインした店のロゴマークなどを彫り込んだ高さ2メートル以上のトーテムポールがあって驚かされたこともある。
職人気質で普段はわりと無口。口べただけど好奇心旺盛で「表現」する趣味を愉しむ親父の姿は、長男のくせに実家を飛び出して東京でこんな仕事をしている僕にとって、ひとつのお手本とする生き様だった。
（続く）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>3月4日2時29分。親父が逝った。</p>
<p><a href="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/0303.jpg"><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/0303.jpg" alt="" title="0303" width="450" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1226" /></a><br />
<span style="font-size:80%;">病院の窓から見たその日の故郷の空。。。</span></p>
<p>まがりなりにも会社の名を冠したブログに記するにはプライベートなことだけど、自分が今の気持ちを忘れないようにするために、少し、思いを綴っておきたい。</p>
<p>●</p>
<p>郷里で郵便配達員をしている弟から電話があったのは、3月3日の午前5時20分過ぎのことだった。<br />
親父が倒れて救急車で病院に運ばれた。危ない状態なので家族を呼んだほうがいいと言われたという。<span id="more-1224"></span></p>
<p>弟からの電話があったとき、僕は仕事場で煙草を吸いながら、地酒についてネットで調べ物をしていた。弟とは普段あまり連絡をとっていないので、そんな時間、携帯の着信画面に弟の名前が表示されているのを見ただけで嫌な予感はした。数年前から母親が少し認知症気味だったので「母親に何かあったのか」と思いながら、着信音が鳴ってすぐに電話を取った。親父が危篤という報せは、まったく予想外だった。</p>
<p>親父の両親、祖父と祖母の享年はともに89歳だった。なんとはなしに、親父も90歳くらいまでは生きているのが当然だと思いこんでいた。</p>
<p>親父は七人姉弟の長男だったけど、実家を出て理容師の修業をして、自分の店を立ち上げた。今年で77歳になっても現役で、正月に帰省した時にも「歳を取ってお客さんの数も減ったけど、ぼちぼちやってる」という話をしたばかりだ。</p>
<p>最近はカラオケに興じていて、演歌歌手を招いたイベントで賞を取ったことや、市民ホールで開かれたカラオケ大会のステージ写真を見せられながらちょっとした自慢話にも付き合った。</p>
<p>親父は、若い頃からいろんな趣味を愉しんでいた。僕が小学校の頃には詩吟を習っていて、風呂場で何度も聞かされるので、小学生の僕も乃木希典の「山川草木轉荒涼」をそらんじることができるほどだった。</p>
<p>鮎釣り、スキー、水墨画、絵画、書道、、、。</p>
<p>十年ほど前、久しぶりに帰省すると家の前の駐車場に、親父が自分でデザインした店のロゴマークなどを彫り込んだ高さ2メートル以上のトーテムポールがあって驚かされたこともある。</p>
<p>職人気質で普段はわりと無口。口べただけど好奇心旺盛で「表現」する趣味を愉しむ親父の姿は、長男のくせに実家を飛び出して東京でこんな仕事をしている僕にとって、ひとつのお手本とする生き様だった。</p>
<p>（続く）</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ご迷惑をお掛けしました。</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 18:45:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[3月4日。親父が急逝しました。
3日に危篤の報を受け、どなたにもお知らせできぬまま、葬儀やその後のもろもろで実家を離れることができず。
ご迷惑をお掛けいたしました。
●
本日、東京に戻り、月曜から仕事を再開します。
よろしくお願いします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>3月4日。親父が急逝しました。</p>
<p>3日に危篤の報を受け、どなたにもお知らせできぬまま、葬儀やその後のもろもろで実家を離れることができず。</p>
<p>ご迷惑をお掛けいたしました。<span id="more-1220"></span></p>
<p>●</p>
<p>本日、東京に戻り、月曜から仕事を再開します。<br />
よろしくお願いします。</p>
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		<title>カーシェアリングが、きたー！</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Mar 2012 11:45:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[カーシェアリング]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.s-fac.co.jp/new/?p=1210</guid>
		<description><![CDATA[今日、DMだかポータルサイトの広告リンクをなにげなくクリックしたら、カーシェアリング会社のサイトだった。先月あたり、タイムズのカーシェアリングが、大阪の堺市で日産リーフと三菱iMiEVを導入したってニュースもあったし、どれどれ、と思って覗いてみると。。。。
うお！
三軒茶屋の我が家近くにも、ポコポコとステーションが設置され始めてて、「あれ、なんだか使えそうじゃない？」って印象だ。
調べてみると、現在、ぐわーんと伸びてるカーシェアリング会社は3つほど。
●タイムズプラス　http://timesplus.jp/
●カレコ（三井物産系）　http://www.careco.jp/
●オリックスカーシェア　http://www.orix-carshare.com/
どの会社もうちの近所はもちろん、都内や横浜、大阪や名古屋といった都市部ではかなり「ステーション」のネットワークができあがっているようだ。
ほかにも何社かあるようだけど、むしろ上の3社のほうが料金やシステムがこなれているし、ネットワークも充実しているので、わざわざ新興や弱小を選ぶ理由はない、よね。
ちょうど、昨日息子が運転免許を取ってきたので、うちの車の任意保険の年齢不担保制限を外さなきゃなぁと思案していた。でも、そうすると保険料は倍以上になるはずだし、学生ふぜいが気まぐれで乗る車。カーシェアリングのほうが合理的じゃないの？ と思ってしまった。
しかも、ユーザー登録の競争が激しいのか、オリックスあたりは「学生なら5年間月額基本料無料」とか、どこかのケータイ会社みたいなことやってるし、ほかの会社も入会時の登録費用が無料になるキャンペーンとか展開中。なんだか、自家用車をもってるよりも、お得な感じ。僕が学生時代にこんなのあれば、無理して自分の車を買うよりも、迷わずこっちを選んだだろうとさえ思う。
ラジエーターから水漏れする軽自動車で、苦しんだもんなぁ。。。
●
さらに調べてみると、興味深いデータがあった。

交通エコロジー・モビリティ財団が発表している「わが国のカーシェアリング車両台数と会員数の推移」のグラフ。。。。すげえええ。
2010年あたりから、会員数も車両台数も急増中。
とはいえ車両台数はまだ6000台程度。乗用車の保有台数は東京都だけで300万台以上だったはずなので、まだ「たかがしれたもの」とも言えるけど、この分だと、あと5年もすれば都市部のカーライフの大きな選択肢になることはほぼ間違いないだろう。
今後5年間、この調子で増えていくことを仮定してみると。。。
2013年＝1万3000台（32万人）
2014年＝2万6000台（64万人）
2015年＝5万2000台（128万人）
2016年＝10万4000台（256万人）
2017年＝20万8000台（だいたい500万人）。。。
経済産業省の「平成22年特定サービス産業実態調査」によると、レンタカーの保有台数が34万台程度らしいので、数年後には今のレンタカーくらいには成長する、ともいえる。会員数の伸びは、さすがに500万人とはいかないだろうけど、ね。
ちなみに、交通エコロジー・モビリティ財団のデータによると、現状の台数が6000台程度に対して、会員数が16万。単純に割り算すると、おおむね、会員一人当たりが月に1日ずつ車を使う計算になる。
きっと、乗りたい時には予約がいっぱいって状況なんだろうなぁ、と推察するのだが。。。
実際に利用しているみなさん、どうですか？
ともあれ、カーシェアリングが「使える」サービスになってきたとすると、マイカーはEVにして、遠出する時だけカーシェアリング、てなライフスタイルを選択するのもまんざらじゃない。
なんてことを感じた午後なのだった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日、DMだかポータルサイトの広告リンクをなにげなくクリックしたら、カーシェアリング会社のサイトだった。先月あたり、タイムズのカーシェアリングが、大阪の堺市で日産リーフと三菱iMiEVを導入したってニュースもあったし、どれどれ、と思って覗いてみると。。。。</p>
<p>うお！</p>
<p>三軒茶屋の我が家近くにも、ポコポコとステーションが設置され始め<span id="more-1210"></span>てて、「あれ、なんだか使えそうじゃない？」って印象だ。</p>
<p>調べてみると、現在、ぐわーんと伸びてるカーシェアリング会社は3つほど。</p>
<p><a href="http://timesplus.jp/" target="_blank">●タイムズプラス　http://timesplus.jp/</a></p>
<p><a href="http://www.careco.jp/" target="_blank">●カレコ（三井物産系）　http://www.careco.jp/</a></p>
<p><a href="http://www.orix-carshare.com/" target="_blank">●オリックスカーシェア　http://www.orix-carshare.com/</a></p>
<p>どの会社もうちの近所はもちろん、都内や横浜、大阪や名古屋といった都市部ではかなり「ステーション」のネットワークができあがっているようだ。</p>
<p>ほかにも何社かあるようだけど、むしろ上の3社のほうが料金やシステムがこなれているし、ネットワークも充実しているので、わざわざ新興や弱小を選ぶ理由はない、よね。</p>
<p>ちょうど、昨日息子が運転免許を取ってきたので、うちの車の任意保険の年齢不担保制限を外さなきゃなぁと思案していた。でも、そうすると保険料は倍以上になるはずだし、学生ふぜいが気まぐれで乗る車。カーシェアリングのほうが合理的じゃないの？ と思ってしまった。</p>
<p>しかも、ユーザー登録の競争が激しいのか、オリックスあたりは「学生なら5年間月額基本料無料」とか、どこかのケータイ会社みたいなことやってるし、ほかの会社も入会時の登録費用が無料になるキャンペーンとか展開中。なんだか、自家用車をもってるよりも、お得な感じ。僕が学生時代にこんなのあれば、無理して自分の車を買うよりも、迷わずこっちを選んだだろうとさえ思う。</p>
<p>ラジエーターから水漏れする軽自動車で、苦しんだもんなぁ。。。</p>
<p>●</p>
<p>さらに調べてみると、興味深いデータがあった。</p>
<p><a href="http://www.ecomo.or.jp/environment/carshare/carshare_graph2012.1.html" target="new"><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/03/0301.jpg" alt="" title="0301" width="590" height="476" class="alignnone size-full wp-image-1211" /></a></p>
<p>交通エコロジー・モビリティ財団が発表している「わが国のカーシェアリング車両台数と会員数の推移」のグラフ。。。。すげえええ。</p>
<p>2010年あたりから、会員数も車両台数も急増中。</p>
<p>とはいえ車両台数はまだ6000台程度。乗用車の保有台数は東京都だけで300万台以上だったはずなので、まだ「たかがしれたもの」とも言えるけど、この分だと、あと5年もすれば都市部のカーライフの大きな選択肢になることはほぼ間違いないだろう。</p>
<p>今後5年間、この調子で増えていくことを仮定してみると。。。</p>
<p>2013年＝1万3000台（32万人）<br />
2014年＝2万6000台（64万人）<br />
2015年＝5万2000台（128万人）<br />
2016年＝10万4000台（256万人）<br />
2017年＝20万8000台（だいたい500万人）。。。</p>
<p>経済産業省の「平成22年特定サービス産業実態調査」によると、レンタカーの保有台数が34万台程度らしいので、数年後には今のレンタカーくらいには成長する、ともいえる。会員数の伸びは、さすがに500万人とはいかないだろうけど、ね。</p>
<p>ちなみに、交通エコロジー・モビリティ財団のデータによると、現状の台数が6000台程度に対して、会員数が16万。単純に割り算すると、おおむね、会員一人当たりが月に1日ずつ車を使う計算になる。</p>
<p>きっと、乗りたい時には予約がいっぱいって状況なんだろうなぁ、と推察するのだが。。。<br />
実際に利用しているみなさん、どうですか？</p>
<p>ともあれ、カーシェアリングが「使える」サービスになってきたとすると、マイカーはEVにして、遠出する時だけカーシェアリング、てなライフスタイルを選択するのもまんざらじゃない。</p>
<p>なんてことを感じた午後なのだった。</p>
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		<title>発信するコンテンツの力と意義</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Feb 2012 19:09:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>s-fac</dc:creator>
				<category><![CDATA[BLOG]]></category>
		<category><![CDATA[たわごと]]></category>
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[月曜日、燃え尽きてました。
土曜日に、日本EVクラブのトークイベント『EVの航続距離を考える』をUSTREAMで配信。うっかり配信時に録画し忘れたが、有意義な内容でした。

EVクラブ代表の舘内端さんがホスト役で、ゲストは日産リーフ開発責任者の門田さん。
もっとコンパクトなボディのほうが、とか、レンジエクステンダー（EVに発電用のエンジンを併載して航続距離を伸ばす方法）を採用すれば、とか、商用車は？、とか。門田さんは先刻ご承知。坂本龍一氏の「CO2ゼロ」CMへの批判も受け止めた上で、家とEVを結んだ電力システム、コミュニティとEVを結んだ電力システムを構想し、再生可能エネルギーで車が走る時代を見据えてらっしゃいました。
視聴数は「154」なので、Ust中継としてはまだまだ寂しい数字ではありますが、NHKのEテレ以上にためになる3時間でした。
Ust中継をがっつりいじったのは2009年5月の「途中無充電【ミラEV】1000kmチャレンジ」以来。改めて、さっくりと3時間の生中継を配信できてしまうネットの面白さを味わいました。
で、日曜日は六本木のニコファーレで開催された『ルパン三世大感謝祭inニコファーレ』。

少数精鋭の観客＆視聴者でじっくり語ったEVクラブのトークイベントとはがらりと変わり、ゲストも豪華な6時間の生放送。
ニコファーレって、壁面360度が全部LEDになっていて映像が流せます。ルパン三世のイメージがぐわーんと流れるオープニング映像とか、モンキーパンチ先生や栗田貫一さんらのゲストがトークしている時に、視聴者のコメントが壁面を駆けめぐる様子とか、圧巻でした。
司会は、元テレ朝の辻よしなりさん。
僕は、構成を担当させていただきました。
ニコ生公式で、ルパンというコンテンツのパワー。さらには、モンキーパンチ先生、栗田貫一さん、新しい五ヱ門役の浪川大輔さん。トークゲストに喜屋武ちあきさん、ザ・たっち、哀川翔さん、X-GUNの西尾季隆さん。さらには、ビデオメッセージで峰不二子役の沢城みゆきさん、銭形役の山寺さん、ルパンファンとして、元日テレの西尾由佳理さん、桜塚やっくん、などなど、これでもかっていうお腹いっぱいの内容で、13万5000人ほどの方にご覧いただけたようです。
ともあれ、先週はいろいろ調整進む中、構成台本を何度も何度もアップデートして、日曜日はリハーサルから含めると14時間余りの緊張感。すっかり燃え尽きてたって次第です。
でもね、このイベント。ルパンは好きだけどマニアじゃないんだよねって僕でも、すごく面白かった。
辻さんの絶妙な司会でモンキーパンチ先生もフランクにいろいろ話してくださったりして。

ルパンの発想の原点。トムとジェリーらしいです。
ルパンと銭形。仲良くケンカしな、ってことですね。
というわけで、数日空いたブログを書くぞ、と書き始めましたが、とりとめのない感じになってしまいました。
要するに、ネットでの発信って、できるだけたくさんの人に見てもらうほうがいいに決まってるけど、たくさんの人に見てもらうために発想すると、コンテンツが面白くなくなるよ、ということを再認識した週末だった、ということを書きたかったんだけど。
詳しく説明しようとすると、いろいろ微妙なところに踏み込んで論じなきゃいけなくて。今夜の僕はダブルフォルトとかやってしまいそうなので、やめときます。
ま、気持ちだけ察してくださいまし。
寝よう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>月曜日、燃え尽きてました。</p>
<p>土曜日に、日本EVクラブのトークイベント『EVの航続距離を考える』をUSTREAMで配信。うっかり配信時に録画し忘れたが、有意義な内容でした。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/02/12022501.jpg" alt="" title="12022501" width="300" height="159" class="alignnone size-full wp-image-1204" /></p>
<p>EVクラブ代表の舘内端さんがホスト役で、ゲストは日産リーフ開発責任者の門田さん。</p>
<p>もっとコンパクトなボディのほうが、とか、レンジエクステンダー（EVに発電用のエンジンを併載して航続距離を伸ばす方法）を採用すれば、とか、商用車は？、とか。門田さんは先刻ご承知。<span id="more-1203"></span>坂本龍一氏の「CO2ゼロ」CMへの批判も受け止めた上で、家とEVを結んだ電力システム、コミュニティとEVを結んだ電力システムを構想し、再生可能エネルギーで車が走る時代を見据えてらっしゃいました。</p>
<p>視聴数は「154」なので、Ust中継としてはまだまだ寂しい数字ではありますが、NHKのEテレ以上にためになる3時間でした。</p>
<p>Ust中継をがっつりいじったのは2009年5月の<a href="http://www.jevc.gr.jp/miraev1000km/index.html" target="_blank">「途中無充電【ミラEV】1000kmチャレンジ」</a>以来。改めて、さっくりと3時間の生中継を配信できてしまうネットの面白さを味わいました。</p>
<p>で、日曜日は六本木のニコファーレで開催された『ルパン三世大感謝祭inニコファーレ』。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/02/RUPIN02.jpg" alt="" title="RUPIN02" width="350" height="249" class="alignnone size-full wp-image-1205" /></p>
<p>少数精鋭の観客＆視聴者でじっくり語ったEVクラブのトークイベントとはがらりと変わり、ゲストも豪華な6時間の生放送。</p>
<p>ニコファーレって、壁面360度が全部LEDになっていて映像が流せます。ルパン三世のイメージがぐわーんと流れるオープニング映像とか、モンキーパンチ先生や栗田貫一さんらのゲストがトークしている時に、視聴者のコメントが壁面を駆けめぐる様子とか、圧巻でした。</p>
<p>司会は、元テレ朝の辻よしなりさん。</p>
<p>僕は、構成を担当させていただきました。</p>
<p>ニコ生公式で、ルパンというコンテンツのパワー。さらには、モンキーパンチ先生、栗田貫一さん、新しい五ヱ門役の浪川大輔さん。トークゲストに喜屋武ちあきさん、ザ・たっち、哀川翔さん、X-GUNの西尾季隆さん。さらには、ビデオメッセージで峰不二子役の沢城みゆきさん、銭形役の山寺さん、ルパンファンとして、元日テレの西尾由佳理さん、桜塚やっくん、などなど、これでもかっていうお腹いっぱいの内容で、13万5000人ほどの方にご覧いただけたようです。</p>
<p>ともあれ、先週はいろいろ調整進む中、構成台本を何度も何度もアップデートして、日曜日はリハーサルから含めると14時間余りの緊張感。すっかり燃え尽きてたって次第です。</p>
<p>でもね、このイベント。ルパンは好きだけどマニアじゃないんだよねって僕でも、すごく面白かった。</p>
<p>辻さんの絶妙な司会でモンキーパンチ先生もフランクにいろいろ話してくださったりして。</p>
<p><img src="http://www.s-fac.co.jp/new/wp-content/uploads/2012/02/RUPIN01.jpg" alt="" title="RUPIN01" width="350" height="228" class="alignnone size-full wp-image-1206" /></p>
<p>ルパンの発想の原点。トムとジェリーらしいです。</p>
<p>ルパンと銭形。仲良くケンカしな、ってことですね。</p>
<p>というわけで、数日空いたブログを書くぞ、と書き始めましたが、とりとめのない感じになってしまいました。</p>
<p>要するに、ネットでの発信って、できるだけたくさんの人に見てもらうほうがいいに決まってるけど、たくさんの人に見てもらうために発想すると、コンテンツが面白くなくなるよ、ということを再認識した週末だった、ということを書きたかったんだけど。</p>
<p>詳しく説明しようとすると、いろいろ微妙なところに踏み込んで論じなきゃいけなくて。今夜の僕はダブルフォルトとかやってしまいそうなので、やめときます。</p>
<p>ま、気持ちだけ察してくださいまし。</p>
<p>寝よう。</p>
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